ウェジットって何よ?
携帯電話がね、今使ってるのが「スライド式」っていうんですか?シャコン!ってずらして開くヤツですね。
これが昨日から突然調子が悪くなりまして、シャコン!しても画面が映らなくなってしまったのです。
画面真っ暗だけどボタンのトコは光ってることから、たぶん電話としての機能は生きてるみたいですが、ディスプレイが映らない携帯電話に使い道なんてないのです。
折りしも2年間割賦払いがやっと先月終わった矢先。
シャープのタイマーが作動したと考えて差し支えないんじゃないのか!?
というような事情から急遽、携帯電話の機種変更をすることにしました。
「修理」という発想はありませんでした、そもそもこのシャコン!な携帯が使いにくくてならなかったので。
では早速。
予備知識なしでお店へ。
SMAPさんがCMやってるので「木村さん使用モデル」とか「香取さん使用モデル」など、わいやわいやありますが最終的に何で選ぶって形と好みなのです。
あと値段。
それらの条件をまあクリアしたであろうヤツの型番を頑張って覚えて、受付のお姉さんに言ってみます。
あの、機種変更で、●●ってヤツにしたいんですけど
「え、何ですか…?」
よし、記憶失敗!(最近、痴呆が…)
面倒くさいんで陳列されてるヤツを指差し。
これに機種変更したいのです
「え、それ、ですか…?」
そう、これ
「あの、失礼ですが、お客様ご本人様がお使いになるんですよね?」
そだよ
「それ、お年寄りの方向けのヤツなのですが…」
よし、いよいよ本格的!
そーなの!?まじで!?
ボタン大き目で使いやすそうとか思っちゃったじゃん!
うそうそ、今のなし、ノーカン!じゃなくって、えっと、じゃあ、これ!
「あいにく今、在庫がなく…」
えーそうなの!?じゃあ、これ!
「それも在庫が…」
なんだかんだで、結局そこそこお値段するヤツになってしまいました。
月々1800円だって、高いなぁ。
933SH
ついに携帯のカメラも1000万画素の時代ですよ。
感じとして、Windows2000使ってた人間がいきなりWindows7にアップグレードした戸惑いに近い。
ちょいちょい、よくわからない何かがありますよ。
これが昨日から突然調子が悪くなりまして、シャコン!しても画面が映らなくなってしまったのです。
画面真っ暗だけどボタンのトコは光ってることから、たぶん電話としての機能は生きてるみたいですが、ディスプレイが映らない携帯電話に使い道なんてないのです。
折りしも2年間割賦払いがやっと先月終わった矢先。
シャープのタイマーが作動したと考えて差し支えないんじゃないのか!?
というような事情から急遽、携帯電話の機種変更をすることにしました。
「修理」という発想はありませんでした、そもそもこのシャコン!な携帯が使いにくくてならなかったので。
では早速。
予備知識なしでお店へ。
SMAPさんがCMやってるので「木村さん使用モデル」とか「香取さん使用モデル」など、わいやわいやありますが最終的に何で選ぶって形と好みなのです。
あと値段。
それらの条件をまあクリアしたであろうヤツの型番を頑張って覚えて、受付のお姉さんに言ってみます。
あの、機種変更で、●●ってヤツにしたいんですけど
「え、何ですか…?」
よし、記憶失敗!(最近、痴呆が…)
面倒くさいんで陳列されてるヤツを指差し。
これに機種変更したいのです
「え、それ、ですか…?」
そう、これ
「あの、失礼ですが、お客様ご本人様がお使いになるんですよね?」
そだよ
「それ、お年寄りの方向けのヤツなのですが…」
よし、いよいよ本格的!
そーなの!?まじで!?
ボタン大き目で使いやすそうとか思っちゃったじゃん!
うそうそ、今のなし、ノーカン!じゃなくって、えっと、じゃあ、これ!
「あいにく今、在庫がなく…」
えーそうなの!?じゃあ、これ!
「それも在庫が…」
なんだかんだで、結局そこそこお値段するヤツになってしまいました。
月々1800円だって、高いなぁ。
933SH
ついに携帯のカメラも1000万画素の時代ですよ。
感じとして、Windows2000使ってた人間がいきなりWindows7にアップグレードした戸惑いに近い。
ちょいちょい、よくわからない何かがありますよ。
『ラッシュライフ』
映画日記もいつかはブログ化しようと思ってて、ああしようこうしようといろいろ考えてたのですが、途中で面倒くさくなりましたので、シンプルに日記ブログと統合することにしました。
ということで、ブログ版映画日記一発目は、さっき借りてきた『ラッシュライフ』。
邦画、伊坂幸太郎の同名の小説の映画化。
ちなみに原作小説はかなり面白いです、3回読みました。
あ、公式サイトあるじゃん。
…なるほど。
東京芸術大学映像研究科の人達が監督なのですね、なるほどなるほど。
どうりで「あ、やっちまったな」感が満載だと思った。
まずそもそもの話。
この映画、果たして誰向けに作られたのか?それがよくわかりません。
小説を読んだ人?
読んでない人?
そしてたぶん今作は、どちら側に対しても失礼です。
読んでない人にこれ見てわかれ、って方が無理です、いろいろはしょりすぎ。
そして読んだ人からしたら、「お前、何勝手にいろいろ変えてんの!?」とイラっとします。
まずこの作品って、主人公が4人(5人だっけ?)いるオムニバスみたいな作品で、それぞれがそれぞれに関わってくるのです。
その感じ、ほぼ出てません。
これじゃ普通に4人の主人公のオムニバス見せられただけです。
出来の悪い小学生の読書感想文を読ませられてる気分です、あ〜あ。
原作がいいだけにちょっと期待しちゃったのですが、悪い意味で、思いっきり期待を裏切られました。
加えてイラつかせたのが、音量。
なんか、「あれ?何喋ってんだか聞こえないな?」と思って音量を25にしたら、急に怒鳴ったりするもんだから音量20に落とすと今度は、やっぱ聞こえない。
終始ボリュームを上げたり下げたりしなきゃいけないくらい、無駄に音量の幅が広すぎ。
サトエリとかキャストがいいだけに勿体無いのですが、とりあえず観るべきではないです。
小説読んでください。
評価:☆☆☆☆☆(0点)
ということで、ブログ版映画日記一発目は、さっき借りてきた『ラッシュライフ』。
邦画、伊坂幸太郎の同名の小説の映画化。
ちなみに原作小説はかなり面白いです、3回読みました。
あ、公式サイトあるじゃん。
…なるほど。
東京芸術大学映像研究科の人達が監督なのですね、なるほどなるほど。
どうりで「あ、やっちまったな」感が満載だと思った。
まずそもそもの話。
この映画、果たして誰向けに作られたのか?それがよくわかりません。
小説を読んだ人?
読んでない人?
そしてたぶん今作は、どちら側に対しても失礼です。
読んでない人にこれ見てわかれ、って方が無理です、いろいろはしょりすぎ。
そして読んだ人からしたら、「お前、何勝手にいろいろ変えてんの!?」とイラっとします。
まずこの作品って、主人公が4人(5人だっけ?)いるオムニバスみたいな作品で、それぞれがそれぞれに関わってくるのです。
その感じ、ほぼ出てません。
これじゃ普通に4人の主人公のオムニバス見せられただけです。
出来の悪い小学生の読書感想文を読ませられてる気分です、あ〜あ。
原作がいいだけにちょっと期待しちゃったのですが、悪い意味で、思いっきり期待を裏切られました。
加えてイラつかせたのが、音量。
なんか、「あれ?何喋ってんだか聞こえないな?」と思って音量を25にしたら、急に怒鳴ったりするもんだから音量20に落とすと今度は、やっぱ聞こえない。
終始ボリュームを上げたり下げたりしなきゃいけないくらい、無駄に音量の幅が広すぎ。
サトエリとかキャストがいいだけに勿体無いのですが、とりあえず観るべきではないです。
小説読んでください。
評価:☆☆☆☆☆(0点)
けが人と言ってもいいくらい
昨日、バドミントンをしてきました。
何かの弾みでバドの話題になり、
「じゃあ今度、行きます?」
ああ、そうだね、行こう行こう、と空返事をした相手が中々の瞬発力と行動力の持ち主だったようで、あっさり実現してしまいました。
例えばこれが、ビリヤードとかダーツとかだったら、まあ、楽勝じゃないですか。
街中のいたるところにプレイスポットがありますから。
でもバドの場合、やろうにもまず施設がありません。
せいぜい、どっか施設の体育館くらいしかないのですが、彼はあっという間にその体育館をリサーチして、なんやかんや人を集めてしまいました。
とはいえ公共の施設なので。
ユルい時間に行ったらたぶんコート取れないだろうという見込みから、9時集合になりました、出勤と何ら変わらないですね(o^-')b
そして9時、行ってみる。
既にコート埋まってる…(。´Д⊂)
コート利用券が8時55分から発売だったみたいなのですが、5分で6面全部埋まりました、くそう、ヒマ人どもめ!(その代表として)
3時間交代なので、端っこにあった卓球台で3時間粘って過ごし、今度は予断なく11時10分くらいから券売機に並びコートをゲットしました。
バドバド言ってますが、まずおれの実力はというと、中学の時にちょっとかじってた程度なのです。
瞬発力と行動力の彼ともう1人は、高校までやっていた「経験者」です。
力の差は歴然。
だがしかし、男には、負けるとわかっていても戦わなければならない時があるのだ!それは今だ!死なすー!キャーンて言わす!こんちくしょー!
持てる力全てでぶつかっていきました。
世間一般のバドのイメージがどんなものかわかりませんが、「羽根突きのお遊び」みたいのと全然違いますからね。
オグとかシオとか見てた人ならおわかりでしょう、意外と過酷な競技なんです。
右に左に前に後ろに、あっちこっち動き回るわけです、密閉された室内で。
以前にも増して代謝の量がおかしくなってる身として、それはやっぱり、たいへんな量の汗が出るわけです、最終的に汗でピタってくっつきました。
この3時間だけで1リットル水分摂りました。
そして、まあもう。
弟子が師匠に稽古つけてもらうが如し、でした。
おれとしてもなんかちょっとイラっとするので、相手のいないトコに意地悪く打ってるつもりなのですが、相手はなぜか既にそこにいるのです。
そんなおれをあざ笑うように、相手はおれのいないトコめがけて打ってきます。
すごい簡単にいうと、3時間コートの中でじったんばったんし続けてたわけです。
ひどい、ちょー疲れる!と思うと同時にでも、なんだ、意外とまだ体力あんじゃん!と安心もしたのも事実です。
そしておかげさまで。
本日、日常生活に支障をきたすレベルで全身をくまなく筋肉痛です。
何かの弾みでバドの話題になり、
「じゃあ今度、行きます?」
ああ、そうだね、行こう行こう、と空返事をした相手が中々の瞬発力と行動力の持ち主だったようで、あっさり実現してしまいました。
例えばこれが、ビリヤードとかダーツとかだったら、まあ、楽勝じゃないですか。
街中のいたるところにプレイスポットがありますから。
でもバドの場合、やろうにもまず施設がありません。
せいぜい、どっか施設の体育館くらいしかないのですが、彼はあっという間にその体育館をリサーチして、なんやかんや人を集めてしまいました。
とはいえ公共の施設なので。
ユルい時間に行ったらたぶんコート取れないだろうという見込みから、9時集合になりました、出勤と何ら変わらないですね(o^-')b
そして9時、行ってみる。
既にコート埋まってる…(。´Д⊂)
コート利用券が8時55分から発売だったみたいなのですが、5分で6面全部埋まりました、くそう、ヒマ人どもめ!(その代表として)
3時間交代なので、端っこにあった卓球台で3時間粘って過ごし、今度は予断なく11時10分くらいから券売機に並びコートをゲットしました。
バドバド言ってますが、まずおれの実力はというと、中学の時にちょっとかじってた程度なのです。
瞬発力と行動力の彼ともう1人は、高校までやっていた「経験者」です。
力の差は歴然。
だがしかし、男には、負けるとわかっていても戦わなければならない時があるのだ!それは今だ!死なすー!キャーンて言わす!こんちくしょー!
持てる力全てでぶつかっていきました。
世間一般のバドのイメージがどんなものかわかりませんが、「羽根突きのお遊び」みたいのと全然違いますからね。
オグとかシオとか見てた人ならおわかりでしょう、意外と過酷な競技なんです。
右に左に前に後ろに、あっちこっち動き回るわけです、密閉された室内で。
以前にも増して代謝の量がおかしくなってる身として、それはやっぱり、たいへんな量の汗が出るわけです、最終的に汗でピタってくっつきました。
この3時間だけで1リットル水分摂りました。
そして、まあもう。
弟子が師匠に稽古つけてもらうが如し、でした。
おれとしてもなんかちょっとイラっとするので、相手のいないトコに意地悪く打ってるつもりなのですが、相手はなぜか既にそこにいるのです。
そんなおれをあざ笑うように、相手はおれのいないトコめがけて打ってきます。
すごい簡単にいうと、3時間コートの中でじったんばったんし続けてたわけです。
ひどい、ちょー疲れる!と思うと同時にでも、なんだ、意外とまだ体力あんじゃん!と安心もしたのも事実です。
そしておかげさまで。
本日、日常生活に支障をきたすレベルで全身をくまなく筋肉痛です。
未知との遭遇
ものすごいビックリしたのですよ!奥さん!
え〜と、どこから説明したらいいのか、あと、どこまで書いていいのかわかりませんが、そういえばこの日記はフィクションでした。
ウソですからね、みんな〜!
まずおれってば、なんやかんや文句言いながら、それでも気づいたら同じ出先に7年くらいいるのですね。
で、出先にはおれと同じように、どこからか派遣された人が集まるわけです。
そういう人達が、入っては辞め入っては辞めしていく場面に、それはもうたくさん立ち会ってるわけです、無駄に長いので。
去年くらいですかね、彼が来たのは。
来た時の印象は特になく「ああ、また人変わったんだ」くらいにしか思ってませんでした。
実際、仕事の絡みもそんなにありませんでした。
たま〜に、「あの、こばをさんに聞いていいかわからないのですが…」的なことはあった気がしますが、まあでも、そういうのもよくあるのです、人がコロコロ変わってると。
「とりあえず、あいつ古いから知ってるんじゃね?」的な質問には慣れっこなのです、加えて大体ヒマしてるからホイホイ聞いちゃう。
そしてどういう流れからか、先日飲み会で席が隣になりましたので、
「そういえばあまり話してませんでしたね」
「え、おうち、どこっすか?」
「お子さん、いくつっすか?」
みたいな話をしたのです。
そしたら、役者さんを副業でやってるということを聞いたので、流れ上とりあえず続けて質問してみました。
「え、なんか有名なのとか出てるんすか?」
↓このページの[オールスターズ「Mr.ジェームス/銭湯」編]を見てください
http://www.mcdonalds.co.jp/company/cm/index.html
ジェームスではないです。
番頭でも、その横のおっさんでもないです。
最後のセリフ
「にっぽんオールスターズ!最後はグラコロ!」
お、同じ声だぁ、目の前にいるこの人と!!
あ、あ、あなた様だったのですか!
「ええ、そうなんですよ」(あまりにアッサリと)
たぶんその後、10回は言ったと思います。
こんなトコで一体何やってるんですか!?
え〜と、どこから説明したらいいのか、あと、どこまで書いていいのかわかりませんが、そういえばこの日記はフィクションでした。
ウソですからね、みんな〜!
まずおれってば、なんやかんや文句言いながら、それでも気づいたら同じ出先に7年くらいいるのですね。
で、出先にはおれと同じように、どこからか派遣された人が集まるわけです。
そういう人達が、入っては辞め入っては辞めしていく場面に、それはもうたくさん立ち会ってるわけです、無駄に長いので。
去年くらいですかね、彼が来たのは。
来た時の印象は特になく「ああ、また人変わったんだ」くらいにしか思ってませんでした。
実際、仕事の絡みもそんなにありませんでした。
たま〜に、「あの、こばをさんに聞いていいかわからないのですが…」的なことはあった気がしますが、まあでも、そういうのもよくあるのです、人がコロコロ変わってると。
「とりあえず、あいつ古いから知ってるんじゃね?」的な質問には慣れっこなのです、加えて大体ヒマしてるからホイホイ聞いちゃう。
そしてどういう流れからか、先日飲み会で席が隣になりましたので、
「そういえばあまり話してませんでしたね」
「え、おうち、どこっすか?」
「お子さん、いくつっすか?」
みたいな話をしたのです。
そしたら、役者さんを副業でやってるということを聞いたので、流れ上とりあえず続けて質問してみました。
「え、なんか有名なのとか出てるんすか?」
↓このページの[オールスターズ「Mr.ジェームス/銭湯」編]を見てください
http://www.mcdonalds.co.jp/company/cm/index.html
ジェームスではないです。
番頭でも、その横のおっさんでもないです。
最後のセリフ
「にっぽんオールスターズ!最後はグラコロ!」
お、同じ声だぁ、目の前にいるこの人と!!
あ、あ、あなた様だったのですか!
「ええ、そうなんですよ」(あまりにアッサリと)
たぶんその後、10回は言ったと思います。
こんなトコで一体何やってるんですか!?
感情論
喜怒哀楽。
人間の感情にはこの4つがあります、まあそれ以外にもなんやかんやあるのですが。
「喜」と「楽」はいいじゃないですか、いくらあっても損はないです、すません、生、追加で!
「哀」はちょっと悲しいけど、でもそこがまた良かったりするじゃないですか、センチメンタリズムみたいな、ね。
しかしなんで秋口になると感傷的になるんでしょうね、気温?湿度?
さて、そこで残ったのが「怒」ですが。
この感情、いる?
いやはや、今回は「怒」さんがいてくれてホント良かった!助かった!
なんてことないじゃない?
「絶対キレイになってやる!」
と起爆剤としての「怒」は前向きな感じがしていいとは思います。
怒りによって奮起することで、普段以上のバイタリティで行動できるかもしれません。
でも、そんくらいじゃない、せいぜい?
怒ったことで事態が好転した、なんて話あまり聞かない気がします。
奮起系の怒りでない限り、「怒」という感情は事態の悪化しか招かないと言っても過言ではないのです、きっとたぶん。
そういうね、「怒」とか「嫌」とか「呪」などの相手に対する攻撃的な感情は悪化しかもたらさないのです、それは自らを取り巻く環境もそうだし、自らの魂もそう。
相手に否定的な感情ばかりを抱く人は、魂のレベルが下がってるような気がするのです、敢えて宗教っぽく言うと。
おばあちゃんの知恵袋的に言うと「人を呪わば穴二つ」ですね。
いわゆるリーマンショック不況ですけども、まあそれでも、みんなそこそこ食べるのには困っていないじゃないですか。
この「怒」の感情が必要なのは、こういう今みたいな恵まれすぎた時代じゃなく、もっと昔の、貧しく苦しい時代なのではないかと思うのです。
あるいは、もっともっと昔、人がまだ動物だった頃の本能の名残り。
「怒」という攻撃性で他者を蹴落とし、生き残るのに必死だった頃には必須アイテムでした。
でも今、とりあえず生きてくのに他者を蹴落とさなくても大丈夫じゃないですか。
共存共栄!お父さんお母さんを大切にしよう!じゃないですか。
つまり、今の時代にフィットしていないのです、「怒」という感情は。
いがみ合ったり憎しみ合ったりすることに、何の意味がありましょう。
感情のまま罵詈雑言を浴びせかけることに、何の意味がありましょう。
重箱の隅を突付くような相手の欠点を指摘し鬼の首を取った顔をすることに、何の意味がありましょう。
昔の偉い人が言っていました
「悲しいけどこれ、戦争なのよね」
本日、部下の面談がありました(怒り散らかしてきました)。
人間の感情にはこの4つがあります、まあそれ以外にもなんやかんやあるのですが。
「喜」と「楽」はいいじゃないですか、いくらあっても損はないです、すません、生、追加で!
「哀」はちょっと悲しいけど、でもそこがまた良かったりするじゃないですか、センチメンタリズムみたいな、ね。
しかしなんで秋口になると感傷的になるんでしょうね、気温?湿度?
さて、そこで残ったのが「怒」ですが。
この感情、いる?
いやはや、今回は「怒」さんがいてくれてホント良かった!助かった!
なんてことないじゃない?
「絶対キレイになってやる!」
と起爆剤としての「怒」は前向きな感じがしていいとは思います。
怒りによって奮起することで、普段以上のバイタリティで行動できるかもしれません。
でも、そんくらいじゃない、せいぜい?
怒ったことで事態が好転した、なんて話あまり聞かない気がします。
奮起系の怒りでない限り、「怒」という感情は事態の悪化しか招かないと言っても過言ではないのです、きっとたぶん。
そういうね、「怒」とか「嫌」とか「呪」などの相手に対する攻撃的な感情は悪化しかもたらさないのです、それは自らを取り巻く環境もそうだし、自らの魂もそう。
相手に否定的な感情ばかりを抱く人は、魂のレベルが下がってるような気がするのです、敢えて宗教っぽく言うと。
おばあちゃんの知恵袋的に言うと「人を呪わば穴二つ」ですね。
いわゆるリーマンショック不況ですけども、まあそれでも、みんなそこそこ食べるのには困っていないじゃないですか。
この「怒」の感情が必要なのは、こういう今みたいな恵まれすぎた時代じゃなく、もっと昔の、貧しく苦しい時代なのではないかと思うのです。
あるいは、もっともっと昔、人がまだ動物だった頃の本能の名残り。
「怒」という攻撃性で他者を蹴落とし、生き残るのに必死だった頃には必須アイテムでした。
でも今、とりあえず生きてくのに他者を蹴落とさなくても大丈夫じゃないですか。
共存共栄!お父さんお母さんを大切にしよう!じゃないですか。
つまり、今の時代にフィットしていないのです、「怒」という感情は。
いがみ合ったり憎しみ合ったりすることに、何の意味がありましょう。
感情のまま罵詈雑言を浴びせかけることに、何の意味がありましょう。
重箱の隅を突付くような相手の欠点を指摘し鬼の首を取った顔をすることに、何の意味がありましょう。
昔の偉い人が言っていました
「悲しいけどこれ、戦争なのよね」
本日、部下の面談がありました(怒り散らかしてきました)。

