無駄遣い
Category : いつも
今にして思えば、あの時のアレはこういう意味だったのかもしれない!
ということがあったとします。
うん、それきっと気のせいだよ、こんちは!(≧ω≦)/
なんか、つまんねぇな…
なんか、くさくさするな…
と思う時があるかと思います。
「ない!」という人は、リア充すぎて眩しすぎて見えない!(>Д<)
いわゆる不快・不愉快な感情を抱くこともあるのは偽りなき真実だと思っていますので、このままの調子で進めますよ、いいよね??(探り探り)
不快になる原因は、それはもういろいろとあって、更に言うならば人それぞれ感受性で個体差もありますので、
「ずばり!◯◯で不快な気分解消!」
とは言えません。
そゆこと言う人とか本は「詐欺師!」と思って間違いないです。
カモられないように。
・何かに自分が失敗して凹む…
・自分は何も悪くないのに、どうしてこんな扱い受けるの!?
雑に分けるとこの2つです。
「仕方ないヤツ」と「仕方なくないヤツ」とでも言っておきましょう。
「仕方ないヤツ」はまあでも、仕方ないですよね、なにせ仕方ないんだし…。
問題は「仕方なくないヤツ」で、
仕方なくないヤツのくせに不快にしやがったなコノヤローヽ(#`Д´)ノ
という被害者意識を安易に芽生えさせてくれます。
「どうしてくれるんだ!責任取れ!」
というセリフがすらすら出てきそうシチュエーションです。
で、この時、取りうる選択肢は2つ、
(1)戦う
(2)意に介さない
のどちらかになります
(「戦いつつ意に介さない」みたいなグレーはちょっと置いておいて)
そこでちょっと、コストのことを考えてみましょう。
コストって言ってもお金のことではないコストです。
(1)戦う
その後に「てめ、どう責任取ってくれんだ、ああ!?」みたいなやり取りをやあやあ繰り広げます。
そして最終的に「すじ」とか「落とし前」などの、任侠みたいな言葉で着飾ってはいますが、結局のところ「気が済む」ってただそれだけです。
割と多くの時間的コストを使って、得られるのはせいぜい「すっきりする」「納得する」という成果です。
でもこれはこれで、いい場合もあります。
すっきりしたい時もありますし、人間だもの。
何より、何事も「すじ」とか「落とし前」を付けなきゃ気がすまない性分の人もいると思います。
ただ、今は純粋にコストを見ていますので、こちらの選択は「時間的コストが多くかかる」と結論づけます。
(2)意に介さない
相手にしないので時間的コストは0です。
ただし、ちょびっと「ったく、もう!」という気分・感情的なコストを支払う必要はあります。
また、後々思い返して「あの時、戦っておけば!」という、やはり感情的なコストを追加請求される可能性もあります。
ということで、こちらの選択は「時間的コスト0だけど、感情的コストがかかる」と結論づけます。
そして珍しく、昨日の日記を覚えています!(奇跡)
えっと確か、「時間って有限だよな〜」みたいなことを書いた気が…(うろ覚え)
さて。
時間と感情を天秤にかけた場合、果たしてどちらが大切でしょうか!?
…そうです!
ずばり!◯◯です!(あ、詐欺師じゃないんで)
ということがあったとします。
うん、それきっと気のせいだよ、こんちは!(≧ω≦)/
なんか、つまんねぇな…
なんか、くさくさするな…
と思う時があるかと思います。
「ない!」という人は、リア充すぎて眩しすぎて見えない!(>Д<)
いわゆる不快・不愉快な感情を抱くこともあるのは偽りなき真実だと思っていますので、このままの調子で進めますよ、いいよね??(探り探り)
不快になる原因は、それはもういろいろとあって、更に言うならば人それぞれ感受性で個体差もありますので、
「ずばり!◯◯で不快な気分解消!」
とは言えません。
そゆこと言う人とか本は「詐欺師!」と思って間違いないです。
カモられないように。
・何かに自分が失敗して凹む…
・自分は何も悪くないのに、どうしてこんな扱い受けるの!?
雑に分けるとこの2つです。
「仕方ないヤツ」と「仕方なくないヤツ」とでも言っておきましょう。
「仕方ないヤツ」はまあでも、仕方ないですよね、なにせ仕方ないんだし…。
問題は「仕方なくないヤツ」で、
仕方なくないヤツのくせに不快にしやがったなコノヤローヽ(#`Д´)ノ
という被害者意識を安易に芽生えさせてくれます。
「どうしてくれるんだ!責任取れ!」
というセリフがすらすら出てきそうシチュエーションです。
で、この時、取りうる選択肢は2つ、
(1)戦う
(2)意に介さない
のどちらかになります
(「戦いつつ意に介さない」みたいなグレーはちょっと置いておいて)
そこでちょっと、コストのことを考えてみましょう。
コストって言ってもお金のことではないコストです。
(1)戦う
その後に「てめ、どう責任取ってくれんだ、ああ!?」みたいなやり取りをやあやあ繰り広げます。
そして最終的に「すじ」とか「落とし前」などの、任侠みたいな言葉で着飾ってはいますが、結局のところ「気が済む」ってただそれだけです。
割と多くの時間的コストを使って、得られるのはせいぜい「すっきりする」「納得する」という成果です。
でもこれはこれで、いい場合もあります。
すっきりしたい時もありますし、人間だもの。
何より、何事も「すじ」とか「落とし前」を付けなきゃ気がすまない性分の人もいると思います。
ただ、今は純粋にコストを見ていますので、こちらの選択は「時間的コストが多くかかる」と結論づけます。
(2)意に介さない
相手にしないので時間的コストは0です。
ただし、ちょびっと「ったく、もう!」という気分・感情的なコストを支払う必要はあります。
また、後々思い返して「あの時、戦っておけば!」という、やはり感情的なコストを追加請求される可能性もあります。
ということで、こちらの選択は「時間的コスト0だけど、感情的コストがかかる」と結論づけます。
そして珍しく、昨日の日記を覚えています!(奇跡)
えっと確か、「時間って有限だよな〜」みたいなことを書いた気が…(うろ覚え)
さて。
時間と感情を天秤にかけた場合、果たしてどちらが大切でしょうか!?
…そうです!
ずばり!◯◯です!(あ、詐欺師じゃないんで)
